続・オヒ!の殿堂3(番外編)

藤堂俊介がこっそり書くブログのようなもの

昭和から平成にかけて使っていた電子機器

 ムラウチドットコムの社長の経歴を見ていると、私と学年では1つしか違っていないとのことで、十代後半から二十代を振りかってみたい。


 写真は、昭和60年、高校2年生のころ、学校においてあった富士通FM-7に入っていたワープロソフトを触って夢中になり、将来役立つからと親に頼み込み、ワープロ専用機を買ってもらったときの機種。ワープロ専用機の予定が、手元に来たのがMZ-1500と、シャープ書院WDー205だった。親の知人が、CRTディスプレイ付きのワープロ専用機が40万円だから、2台で20万円の方がよいとことで買ってしまったようだ。


 当時の資料を調べると、昭和60年は、小型液晶のワープロ専用機が10万円を切り(東芝Rupo JW-R10)、その後5万円台の機種まで登場した。
 ワープロ専用機を欲しかった理由は、作文、漢字練習帳に鉛筆と消しゴムを使うことが苦痛であった。漢字練習帳に至っては、ノートに何ページの反復は単調でつまらなく、字を覚える効果も半減した。
 作文も字が汚く、途中で書き直しが起きると消しゴムでゴシゴシ。紙が破けてしまった時は憂鬱だった。


 中学時代、同級生が和文タイプライタでタイプした紙を持ってきた。これがワープロ専用機が欲しかった理由。実機を触り、自分が思いついた文章を活字でタイプしたものをみた感動はいまだに忘れられない。このワープロは、移動複写がついておらず、メモリ付きタイプライタといった性能。1行入力して改行を押すと、1行分印字すると言うこともできた。メモリに格納するか否かも指定でき、格納しないにすると、メモ書きのように使えた。


 4800文字の容量と、保存はカセットテープ。漢字は第一水準のみの性能に数年で不満を持ち、就職後、購入したのが、50文字×15行液晶のキヤノンのワープロを購入した。FDはメーカー販売の1枚1500円が指定されていた。説明書に隅に、FDフォーマットの項目を見つけ、数百円のFDをフォーマットして使っていた。


 平成に入る頃までは、田舎は台風や、塩害で停電が度々発生した。停電しても大丈夫な乾電池式のワープロ専用機が欲しく買ったのがカシオワードである。


 仕事に趣味に22年使ったワープロ。乾電池で動き、運ぶこともできたのが長く使った理由、写真はヤフオクで購入した同じ型のワープロ。今でも乾電池入れて時々使っている。捨てられない理由が、ノートパソコン、ポメラのキーボードが薄すぎて、使いにくいのである。


 ポメラも小型を追求する他に、打ちやすいキーボードの機種を出してほしい今日このごろである。