続・オヒ!の殿堂3(番外編)

藤堂俊介がこっそり書くブログのようなもの

電卓とつき合って

電卓とつき合って
 令和4年は、カシオミニが登場して50年。そろばんから電卓へ変わっていくきっかけとなった計算機。これまで業務用、個人では手が出にくい価格帯から、これなら買えるという価格になった。


 大卒初任給が52,700円の時代に12,800円であったから、十分手が届く値段だった。


出典:https://nenji-toukei.com/ns/kiji/10021


 私が親にせがんで買ってもらった電卓はカシオミニ発売の翌年。ナショナル製で4,800円だった。1年で価格が5桁から4桁になっている。


 今まで見たことがない電子機器であったから夢中になって触った。当時、幼稚園であったから、計算は習っていなかった。友人の家と親父が商売をしていてその様子を見て簡単な加減算は分かるようになっていた。


 そろそろ電卓とつき合って半世紀になる。この計算にはとのように操作するかを試しているうちに思わぬ発見をする。今後も探求していきたい。

#電卓の日

電卓の日
 3月20日は電卓の日。由来はネットで検索していただくとして、電卓が100円ショップで100円+税で容易に手に入るとは、想像もしていなかった。500円まで下がるかなと漠然とは感じていた。

 電卓は電子機器ではあるが、そろばんや計算尺と同じように計算器具であり、文房具でもある。四則演算を習得していれば気兼ねなく使える。算数で習ったとおりに操作すれば答えが出る。一般電卓は、演算子の優先判定はついていないからそこは気をつける。


 電源もほとんどがボタン電池と太陽電池の2電源。意外とボタン電池が主電源であることを知らない。太陽電池が主電源であると思っている人が多く、電卓の表示が薄くなると故障しているとユニット発疹が見つかる。ボタン電池を変えると解決する。


 消費電力が劇的に落ちた電子機器は電卓以外に見られない。主電源を太陽電池のみでも動く電子機器は電卓以外思いつかない。


 スマホでなんでもできるようになっても電卓は消えない。これはスマホアプリで手書きができるといっても、紙が筆記具がなくならないと同じことである。


 革命的な技術革新がない限り、紙、筆記具、電卓はあり続けると思う。

電卓とそろばん

電卓とそろばん
 電卓とそろばんは、対峙する計算道具という印象がずっと続いていた。


 40年以上前小学校の算数の授業で、電卓を使うと計算能力が落ちるという先生、電卓が必ずしも正確ではない20+20が41と出す場合からという先生もいた。


 電卓も長年使ってきた。いまだに20+20を41と表示する電卓は見たことがない。成績の計算にカシオミニを使っていた先生もいた。


 珠算は小学校3、4年生の算数で登場する40年前は家庭にそろばんがあったから、わざわざ買わなくて自宅から持参すればよかった。ただし、単元が終わればお払い箱。小学校を通じて使えば計算能力も上がるのにと思われる。


 そろばんと言えば、40年前は商業高校で使うものとイメージもあった。当時、通っていた珠算塾にも商業を習っている高校生もいた。


 現在の珠算は計算器具から集中力を養う道具に変わっている。当時、商工会の教科書を使っていた珠算塾では、暗算科目は有段者にあった。暗算がなかったのは、金融機関の窓口に就いて理由が分かった。


 現金過不足を起こすから、暗算はせずに入算して確認とあった。現在の窓口は、キー入力を誤らない限り、指示通り現金が出るようになった。


 電卓とそろばん、対峙するよりも併用すると計算が便利になると思われる。研究していきたい。